池上一郎博士文庫(→150827記事)館長さんのご厚意により、同館理事長・劉耀祖氏とお会いできることになった私は、竹田駅から高雄方面へもどり屏東駅で下車した。人びとが行き交う屏東駅出口でしばらく待つと、電話で伺ったとおり黒いキャップを被り、粋なサングラスをかけた劉さんの姿が見えた。 「どうも。待ちましたか」 「いえ、さきほど着いたばかりです」 「私は自転車をゆっくり漕ぎますんで、ついてきてください」 「はい」 混みあう道を飄々と進む劉さんの姿は、とても80代とは思えない若々しさだ。 まず劉さん行きつけの店「福記饂飩」で揚げワンタン等をご馳走になる。これが本当に旨い。また、スープはすまし汁のような淡白で繊細な味わいの中に生姜の風味が効いている。聞けば日本統治時代から続く老舗だという。通りすがりの旅行者が見つけるのは難しそうな場所にあるが、地元では有名店なのだろう。デーブルは満席だった。 劉さんは現在の日本の政治経済にも精通しており、そこいらの日本人では歯がたたないほどの見識をお持ちだ。席について開口一番「オナガは・・・」とお話が始まったとき、私は「オナガ」が「翁長沖縄県知事」であることに一瞬気づくことができなかった。 一部の政治家や芸能人の言動を明確に「国賊だ」と一刀両断する一方で、「日本人も情けないですよ!」と叱咤の声も。海の向こうの台湾にこれほど日本を憂う方がおられることを、どれだけの日本人が知っているのだろう。「かき氷も食べませんか」と仰る劉さんのご厚意に甘え、店を梯子しつつ会話は3時間に及んだ。 初対面の人間同士のプライベートな会話の断片をインターネット上に取り上げることは、あらぬ誤解を招いたり、なにより劉さんご自身に迷惑をかけたりする恐れがある。しかし劉さんから伺った内容は、是非一人でも多くの日本人に知っておいてほしいとも思う。載せて差し支えないだろうと考えられる範囲内で、特に私の心に残った話を細心の注意を以って書き記したい。 なお、劉さんは物好きな旅人への世間話として以下のことを語って下さったのであり、当ブログの存在はその時点ではお知らせしていない。当然のことながら、記述内容に誤りがあればそれはすべて私の責任であり、劉さんご自身には何ら瑕疵はない。 【生い立ちから終戦まで】 ・劉耀祖さんは屏東の生まれ。生家は大きく、庭には畑もあった(子供の頃トイレに行くのが怖かったことを覚えている、とのこと)。 ・同じ集落にはインパール作戦に軍属として参加した人や、ゼロ戦の整備を務めた人もおり、2015年8月時点でご健在。なお、前者の御大は「自分が戦ったわけじゃないから…」と謙遜するそうだが、地獄からの生還者であることは間違いない。 ・日本名を名乗ることは特に強制ではなく、自身も日本名は持っていなかった。同じ集落でも人それぞれといった状況だった。 ・祖先は客家(ハッカ)であり、客家語も話す。北京語は国民党による統治が始まってから覚えた。 ・(「客家の故郷」としての大陸への格別の思い入れはありますか?との問いに)「ないですな」との答え。 ・日本統治時代、台湾人子弟の通う公学校、日本人子弟の通う小学校という区分は確かにあったが、公学校では(最初の2年は?)授業をそれぞれの民族の言葉で行った。結果として、それらの言語を守ることに繋がったと思う。 ・日本統治時代、中華民国籍の人間も台湾に住んでいた。床屋や料理人といった「刃物を使う仕事(いわゆる三把刀のことと思われる)」の人が多かった。彼らは戦中も勤労奉仕などを強制されることはなく、穏やかに生活していた。 ・(日本統治時代と比べて食べ物は変わりましたか、との問いに)「変わりましたな」との答え。なお、かき氷は当時から食べていたとのこと。 ・台湾大学を卒業後、兵役につき金門島へ赴いた。その後早稲田大学へ留学し、帰国。東京では北区赤羽(→参考記事)に住んでいた。現在でも台湾にて早稲田の同窓会を行っている。 【日本の降伏後】 ・終戦時14歳。玉音放送が流れた時点では、いまひとつ内容を理解できなかった。しかし米軍による空襲がなくなったので「あぁ、本当に戦争は終わったんだ」と実感した。 ・日本統治時代には(当然だが)親切な日本人もいれば悪い日本人もいた。敗戦直後、地元の日本人首長の自宅前で台湾人によるデモが起きた。暴動を起こしたわけでもないのに、慌てた首長は憲兵隊を呼んだ。しかしその憲兵も戦中とは異なりまったく怖くもなかった。 ・(自身が通った)高雄中学でも台湾人を見下す日本人教師がひとりいた。戦後その教師は糾弾され、皆の前で謝罪した。その高雄中学の壁には(もう修復済だが)二・二八事件(※)の際、国民党軍が銃撃した弾痕が残っている。 ※戦後台湾を接収した中国国民党による台湾人弾圧事件。数万人の台湾人が犠牲になった。 ・国民党(支那人)による独裁・迫害はとにかく酷すぎた。 ・(国民党軍がそこまで腐っているとは知らなかったので)日本の降伏から70日間は(台湾人と国民党の関係は)「蜜月」だった。 ・(犬去りて、豚来る(※)とは本当に言われた言葉なのですか?との問いに)あったと思う。日本の男がフンドシ一枚で庭に出てくる姿を見て言い始めた言葉なのかもしれません、との答え。 ※犬(=日本人)は口うるさいが番犬として役に立つ。しかし豚(=日本の降伏後、大陸から来た中国人)は食い散らかすだけで役にも立たない、という意味。 【昨今の台日関係、日本の事情】 ・(小林よしのり著「台湾論」は読まれましたか、との問いに)読んだ。あれは少々偏っているな、と思う。 ・(国会審議中の安保法制は)絶対に必要である。反対する人は中共の危険性を認識していない。 ・闇雲に平和だけを唱えることは自慰行為のようなもの。日本人は現実を見つめなければならない。 【池上一郎博士文庫について】 ・今も図書館にはよく顔を出している。 ・歳をとって目が悪くなった。字の小さい文学書より健康に関する本などを読むことが多い。 ・図書館の設立・運営費用は、自分を含めいろいろな人の寄付で成り立っている。 ・(実業家の)許文龍さんも図書館に出資してくれた。いつでも帳簿を見せますので、と伝えたところ「そのくらいの額ですので、結構ですよ」との返事だった。 ・「なんで日本人の肩をもつのだ」と文句をいってくる者もいる。しかし自分には自分の考えがあって続けている。 池上一郎博士文庫の理事長・劉耀祖さんのお話は本当に知的興奮とウィットに富んだものだった。そして台湾のみならず、日本のことまでも憂いておられる。 司馬遼太郎氏は「街道をゆく」の旅で台湾を訪れた際に案内役を務めた蔡焜燦氏を「老台北(ラオタイペイ)」と呼んだが、劉耀祖さんは私にとって「老屏東」といえる存在だろう。 飄々と自転車で家路につく劉さんの後ろ姿を見送りながら「俺も頑張らねば」と思ったのだった。 にほんブログ村 スナップ写真
by silkroad4263
| 2015-08-28 23:59
| Taiwan
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by スクンビット総研
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